- 2021-03-10 (水) 22:07
- レトロゲーム
2018年頃の話ですが、任天堂の「スカイスキッパー」というアーケードゲームが復刻されてNintendo Switchで遊べるようになったというニュースがありました。このゲームは、以前は幻のゲームとしてごく一部の任天堂ファンにのみ知られていたもので、熱狂的なファンが米国の任天堂(NOA)にあった資料をもとに筐体を製作するなどカルト的人気を誇っていました。ゲームの内容はともかく、ごく少数だけ販売されたという希少性、名作「ドンキーコング」と同時期に登場したことも、人々を大きく惹きつけた理由だと思います。
この「スカイスキッパー」と「ドンキーコング」は、同じ1981年に発売されており、その年の10月に開催された第19回アミューズメントマシンショー(業界向けの見本市)で期待の新作として展示されました。
そしてこの時、任天堂レジャーシステムのブースでは、もう1つ別な作品が参考出品として映像展示されていました。それが、「スペースX」というゲームです。
©アミューズメント通信社 新聞「ゲームマシン」1981年11月1日第176号11面・12面より引用 (https://onitama.tv/gamemachine/archive.html)
今現在、「スペースX」を検索しても何の情報も出てきません。そして、間違いなくイーロン・マスク氏が率いるロケットを飛ばす会社ばかりがヒットします。
このゲームはつまり、発売されずそのまま消えるという、文字通り幻の作品となったのです。
私自身、この年のアミューズメントマシンショーには行っていませんし、詳しい事情もまったくわかりません。ただ、確かに展示されていたという事実だけは残っています。
業界新聞「ゲームマシン」の記事や写真を見ると、どうやら3D視点のスペースシューティングであることがわかります。それまで任天堂は「レーダースコープ」や「スペースファイアバード」といった宇宙モノのシューティングゲームを出してきました。特に「レーダースコープ」は、立体的な画面が印象的なゲームでしたが、続編や別なバージョンが出たという話は聞きません。
任天堂「レーダースコープ(1980/10)」(左)と「スペースファイアバード(1980/6)」(右)
「スペースX」が動いている画面を、もう見ることはできないのか…と思っていたのですが、実は当時の展示が記録されていました。それが、1981年10月6日にNHK総合テレビで放送されたニュースセンター9時という番組です。その中で、ビデオゲーム特集としてアミューズメントマシンショーの様子が紹介されていました。
その中で、一瞬だけゲーム画面の映像が入るのですが、これが参考出品されていた「スペースX」のものと思われます。この時は、あくまでも参考出品ということで遊ぶことはできず、筐体もなくモニター上で映像が流されているだけだったようです。
1981年10月6日・NHK総合テレビ ニュースセンター9時より
それでも十分にゲームの内容が想像できる映像で、当時としてはインパクトがあったのではないかと思います。
これを見てわかることは、ワイヤーフレームによる3D地平が背景として描かれている他は擬似的な3Dシューティングで、キャラクターも比較的シンプルであるということです。しかし、背景のワイヤーフレームだけは自由な直線が引かれているように見えます。
画質の問題もあり、この「スペースX」がどのような表示方式なのか断定はできませんが、おそらくラスタースキャンによるスプライトベースの表示方法ではないかと思われます。この時代は、8×8や16×16ピクセル(ドット)の単位を1つのキャラクターとして扱うスプライトベースの表示ハードウェアが一般的でした。ピクセルごとに制御するビットマップ表示のハードウェアは、カラー表示を行う上で負荷が大きく、当時のCPU動作クロックから考えても現実的ではありませんでした。
そうしたことを考えると、背景のワイヤーフレームがどのように描画されていたのか謎が残ります。この時代には、自由な曲線を高速に出すことが難しかったのです。一部のゲームでは、ワイヤーフレームなどで直線を表現するために、ベクタースキャンという表示方式を使用していました。アタリ社の「アステロイド」や「スターウォーズ」などで使われています。
アタリ社の「アステロイド(1979)」(左)と「スターウォーズ(1983)」(右)
ただ、ベクタースキャンとラスタースキャンはブラウン管の制御方法が異なり混在できないため、文字やキャラクターも含めてすべてが直線で構成されることになります。「スペースX」の場合は、自機や敵のキャラクターを見るとラスタースキャンのように見えます。また、この時点ではまだカラー表示のベクタースキャン製品は前例がありませんでした。(カラー表示のベクタースキャンは同じく第19回アミューズメントマシンショーで発表されたセガの「スペースフューリー」が初と言われています。)
何にしても、この映像は興味深く想像をかき立てられます。
「ドンキーコング」が大きなヒット作品となったことで、それまで任天堂が出していた宇宙モノ、SFモノの路線は鳴りを潜め、その後はコミカルな路線が続くことになりました。もちろん、「ドンキーコング」や後続の作品も含めてどれも素晴らしいことは疑いありません。ただ、「スペースX」には、それとは違う技術者の追い求める表現、未来のゲームが目指した「夢」のようなものを感じます。
それと関係があるかどうかわかりませんが、任天堂は「X(エックス)」というゲームボーイ用ソフトを1992年に発売しています。これは、ゲームボーイという限られた表示ハードの中で技術を駆使して3Dのワイヤーフレームを表示していました。
ハードウェア性能の限界があり、表現力にまだ不満があった時代に、それを超えるために腕をふるった技術者の影を感じられる「スペースX」のことを、少しでも後の人に知ってもらえたらいいなと思っています。
追記(2021/3/12)
記事を公開した後で、タイニーP/四寺儀けんぞうさんから以下のような返信を頂きました。
もしかしたら特許の出願があったかもと調べてみたんですが、どうも1981年12月1日出願の特願昭56-194157 https://t.co/R5waVhm9X4 が近そうです ざっと読んだだけなのですが、実施例ではカラー表示のCRTを使用して1/30秒で32本の斜線を演算できるとあります
— タイニーP/四寺儀けんぞう (@Kenzoo6601) March 11, 2021
任天堂が出願した映像についての特許は、こちらから閲覧できます。「スペースX」に使用された技術かどうか確定はできませんが、かなり近いものではあると思います。おそらく、スプライトベースで直線の傾きに該当するキャラクターをROMから参照して表示するような仕組みだったのではないかと思われます。
当時、海外のメーカーでは既に3D視点のゲームはいくつかありましたが、日本国内の製品は疑似的な表現にとどまっていました。その中で、任天堂がここまで本格的な3Dの計算と描画を研究していたことが発見できて嬉しかったです。素晴らしい情報をありがとうございました。
また、任天堂でアーケードの時代から数々の楽曲を製作し、サウンドボードの設計などもされていた田中宏和氏が、過去にTwitterで「スペースX」について言及されていたことがわかりました。
当時、色々試行錯誤するなかメチャ単純なんやけど音程の異なる2つの矩形波をxor回路に通すと、結構面白い音がして、その頃のゲーム機に搭載してゲームショーに試作として出展したけどペンディングになった記憶がおます。(仮)Space Xと言う名前。
— Chip Tanaka@Works Gaiden 3 ! (@tanac2e) October 14, 2015
映像にある耳に残る効果音は、田中宏和氏の手によるものなんですね。もしも世に出ていたら、どのような世界になっていたのか気になるところです。
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Comments:1
- Nico 21-03-17 (水) 10:55
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素晴らしい投稿です!
1981年10月6日・NHK総合テレビ ニュースセンター9時より の動画はどこにありますか?
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